武蔵台には木綿沢交差点に権田直助の記念碑があります。郷土の偉人でもある医学者の桑田衡平の先生でもあります。なにげなく日常的に通っている街角にも、かつて日本の医学界等で活躍された偉人の存在を感じとれますね。
桑田衡平は野口英世が受験した医術開業試験の最初の頃の出題者として名を連ねています。野口英世は刻苦勉励し日本で医師免許を取得した人ですが、日本の医術開業試験の出題者として明治の初年の頃に活躍された郷土の偉人として桑田衡平は伝えられています。
武蔵台から8km位の距離にある北平沢に,桑田衡平と兄の医学者高林謙三の碑があります。この自治会ホームページでもご紹介しています。
法科大学院から司法試験を受験するバイパスとなっている、予備試験と同じように明治の世には医術開業試験という制度が、正規の医学校を出なくても医師になれる道がありました。当初の試験問題の出題者の一人に桑田衡平がいます。権田直助とのつながりで医学の道が開けた桑田衡平と野口英世はこのようなところでつながっています。
木綿沢の権田直助の碑もなにげなく気にしないでいますと通り過ぎてしまいます。高麗駅のすぐ後ろのかつての三菱セメントの塔のうしろには、知る人も知る縄文時代の住居跡があります。
毎日高麗駅から都心に向かう武蔵台の方々,また久保や台にお住まいの方々も存在は知っていても、なかなか駅から目と鼻の先にあるその場所を訪れることは少ないかもしれません。
あまり近くにありますと改めて訪れることは、逆にないかもしれません。高麗神社の高麗家旧宅や巾着田の前の高麗郷の旧新井家の古民家,縄文時代の住居跡など,小学生の課外研究材料には事欠かない武蔵台と周辺地区となっています。
山と緑と高麗川の清流と草花,そしてなにより空気がきれいなせいか青い空と美しい雲がたなびく武蔵台は故郷としてふさわしいですね。昭和30年代の懐かしい日本の風景がまだ残る場所であり、武蔵台の方々はとにかくよく散歩やウオーキングをされます。
犬の散歩だけでなく人知れず人気となっている近所や街角の猫ちゃんもおります。
武蔵台の自然と山の緑の中の石器時代の住居跡をみるとき。毎日出勤で忙しいお父さん、お母さんの姿を見守る古代人の遺跡が高麗駅のすぐ後ろにひかえている武蔵台は、歴史とロマンの街でもあるかもしれません。
皆さんも自治会館で催す武蔵台サロンや夏祭り、横手台と武蔵台の対抗戦がある地区体育祭となどに参加されますと、人のつながりとなるコミュニティの中に非常に入りやすくなります。
ハーモニカを演奏する方々は女性の方が男性よりも多く、他のサークルでも女性の参加が積極的に見えます。また一緒に合唱される方も圧倒的に女性が多く、男性陣はもっと積極的に地域に出ることが必要かもしれませんね。皆さんは皆高齢者ですがそのパワーにはすこいものがあると感じます。
移送サービス運行者や運転者の方々も65才以上の方々のボランティアで成り立っています。全国の自治会等の関係者の方々からの問い合わせがくる、移送サービスもそうした皆さんの力添えで毎日運行しています。